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マルタ島の日々

錦見映理子の旅日記
2024
04,23

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2008
05,13

«5月11日»

波頭が白く立っている。
三ヶ月ぶりに海を見た。
電車の窓から、曇天の下にひろがる海を見た。

出るときに降っていた小雨は、着いたころには止み、かすかに時折あかるい光が射した。


部屋でしばしコーヒーを飲みながら本を読んだ。
『アフリカの日々』は何度も拾い読みをしてきた本だったが、巻末に訳者によるアイザック・ディネーセンの来歴が書かれた文章があるのに初めて気づいた。
北欧の名家に生まれ、またいとこの男爵に嫁いでアフリカに渡った人。夫に梅毒を遷され、離婚し、それでも「ブリクセン男爵夫人」を名乗り続けた。
『アフリカの日々』には、ほとんど夫であった男爵のことは出てこない。
「アイザック」という男名前でこの本を発表した人。アフリカという異文化と美しい自然のなかで、何度も生き直したであろう人。 


16時半ごろ、バーデに行った。
ドーム型の高い天井まで、うっすらと蒸気がたちこめている。
「の」の字のかたちの歩行浴ゾーンで、ゆっくり何度も歩く。ジェット気流が出ている外のゾーンで、山の端に近い空を、見ていた。今日は曇っていて、夕焼けは見られない。
ドーム内に戻って、ゆりかごのように一人ずつ寝そべることのできるゾーンへ。手すりにつかまりながら、ぶくぶく泡に包まれてぬるま湯ほどの温度の水に浸かる。
正面のガラス越しに、大きな木がそよいでいる。


晴れていれば日光浴するのに適した、外に面して置いてあるデッキチェアに寝そべって、思いつくままぼんやり考え事をした。
浮かんでは消えてゆく、想念のようなもの。海と空の境目が、今日はよくわからない。空は上には黒っぽい雨雲が少し残っていて、中ほどはうっすら白い帯のような雲が横に何層か伸びている。


夜、温泉に入ったあと、部屋のテラスに出て、外を見た。
左から、オレンジ色の光の曲線が、視界のちょうど中央あたりまで延びている。海沿いに、道路が走っているのだ。
曲線が途絶えているあたりに、時折大きく、ちかっちかっと光る点があるのは、灯台だろう。
昼間は、そのあたりに岸は見えず、全て海のように見えていた。

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錦見映理子(にしきみえりこ)
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